「新しき世界」(新世界)

(なるべく大きなネタバレは避けていますが未見の方はこれ読むより早く劇場行ってくださいホントに見逃すの勿体ないです。あとご覧になる際は煙草とライターの使い方にご注目を、とまずはそれだけ!)

凄かった。私はあまりリピート観賞しないほうなんだけど、早速リピートしてしまった。韓国ヤクザ映画では去年公開の『悪いやつら』も凄かったが、あれはソダーバーグみたいなものでジャンルにおいては異端ともいえるクロニクル。一方こちらはもう王道中の王道、大河浪漫を愛する会として推さないわけにはいかない代物。ガチなノワールでありつつ、根本にあるのはどちらかというとオールドスタイルのハードボイルドものにあるセンチメントで、そこがたまらなく好ましかった。ルヘインの『スコッチに涙を託して』の原題"A Drink Before The War"にかけて"A Smoke After The War"といいたくなるような。

■潜入ものとしてのタッチ、生きるも死ぬも出口なしな地獄感覚とキャラの捻りと息遣いの荒さは『インファナル・アフェア』というより『NARC/ナーク』のそれに近い(クライマックスに配置されたあるシーンがオマージュかな?と思ったんだけど実際どうだったっけ、見直さないと)ように思う。巧みな語りで逃げ場のない地獄での「選択」を描く物語なので、インファナル〜とは違うところに焦点が当たっている。

■一言で言うなら「シークエンスとしてのメキシカン・スタンドオフがないメキシカン・スタンドオフ映画」。ご存知かと思いますが、メキシカン・スタンドオフタランティーノ映画なんかによくある「複数の人物が相互に銃を突き付けあっている」あれです。「行き詰まり, 窮地, 袋小路」を指す言葉で、別の辞書では「誰も完勝者として現れることができない状態」と説明されている。カットとしてはそういう画は使われないのだけれど、映画としてはすべてがその状態にある。その八方塞がりに生まれる残酷と暴力の容赦なさ、だからこその「なんて遠いところまできてしまったんだ」の詩情が凄まじい。

■最初はパッとしないがゆえに生々しいヤクザ顔揃えたねという印象だったのが(登場シーンの顔だけで勝負するなら年々顔のパーツがめりこんできた感のあるチェ・ミンシクがさすがに圧倒的だ)後半になってくると全員死相が見える凄い顔になっていく。別に青白いとかでなくただ凄まじく荒んでる顔に見えてくる。地獄に触れ続けて疲弊しきった潜入捜査官イ・ジョンジェの凄艶さはもちろん、大乱闘の最中の「きてみやがれ」と絶叫するファン・ジョンミンの面構え(チョンチョンというキャラクターの血の滾り、強烈な暴力性が異常な懐っこさから顔を出す様の愛しさはこの映画最大の推進力だろう)、敵対するパク・ソンウンの身体の厚みと「出世したな」の万感、そしてチェ・ミンシクの「完全に勝ち目がない」の苦笑。全てが忘れがたい。

■ある程度は理解の範疇にあった前半を経てからの、倉庫事変からギアチェンジ加速が圧巻。後半の捲り上げが凄まじい。カーチェイスではなくカークラッシュをトリガーに炸裂する大乱闘カットバック、平行移動するカメラ(『裏切りのサーカス』におけるあるパートによく似た、エレベーター、血、車と場の転換を鮮やかにアイテムでつないでいく編集があまりにも巧みでちょっと震えがくる)。暴力描写そのものではなくざらついてささくれた場の空気で醸成される「もうすぐ、いちばんおそろしいことが起きる」予感。
にもかかわらずあんな余韻で落とすとはちょっと予想外だった。でも、あのシーンは必要だった、と私は思う。まあ単純に「ありえたかもしれないもうひとつの未来を幻視させる」話に弱いのでこのへんは好みも大きい気がしますが。(完全にネタバレになるので、分けて書いています。気になった方はこちらを。)

■今作と『ドラッグ・ウォー/毒戦』をみると『アウトレイジ』『アウトレイジ ビヨンド』の遺伝子が予想以上にアジア全域に広がってきてるのを確信すると思う。いずれも違う方向に進化しているのだけれど、本当に素晴らしいことだと思う。

■あまりに執拗な劇伴は好きじゃないほうなんだけど、今回についてはあのメランコリックなメロディを鳴らしすぎているのがジャストに好みだった。あれくらいウェットにしたことで物語の残酷な権力闘争パズルゲーム要素の墨色に血のような赤が滲んでえもいわれぬバランスになったと思う。

■それにしても若くない男の噛みしめた唇、遊びの時間はそろそろ終わりの痛みともに覚醒する物語に本当に私は弱い。冒頭では未だ茫洋とした青年の顔で諦念しきれてなかったジャソン。絶望の果てに掴み取った人生の欠片。化物への変容でもあり、亡霊が肉体を獲得するようにも見える。そのただただ美しく悲しい瞬間。イ・ジョンジェってこんなに素晴らしい俳優だったのかと驚いていたらミンシクがイ・ジョンジェに出演説得してたと鑑賞後に知る。スクリーンの内側と外側が連動するエピソード――演者がギリギリのところで役者としての人生を賭す様の二重写し。このバックステージを想像するだけで涙がこぼれそうになる。

■ちなみにハリウッドリメイクが決定しているのだけど、この映画の気分をそのまま移行するなら監督はベン・アフレックが最適なんじゃないかと思う。彼の映画、特に『ゴーン・ベイビー・ゴーン』を見たときに似た感じがあった。とても丁寧なミステリーとして紡がれていること、描かれている背景の厳しさ、息が詰まるような抒情の噴出。「贖罪なんてできない」を引き受けるということ。生きる場所をめぐるストラグルの美しさが光る、私はこういう話が本当に大好き。傑作。(2014.2.2/2.11 丸の内TOEIで鑑賞)

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追記:ちなみにその筋の同志たちが本国でも国内でも悶えているので、おすすめ記事のリンク貼っておきます。ネタバレは多分してないはず…。
いっぱい傷つくキミが好き〜映画『新しき世界』を観て/やっぱりおっさんが好き
新しき世界/無い袖はノースリーブ
あたらしきせかい/タイトル未定(ブログのタイトルこれでいいのかな?)

以下リンク先には展開の詳細に触れたネタバレがあります
<2/16 追加>
@onomushiさんによる『新しき世界』マジヤバイ 文章まとめ https://twitter.com/onomushi/status/434866088069718016
@tori7810さんによる『新しき世界』考察その1 http://www.twitlonger.com/show/n_1s0e0hl 
その2 http://www.twitlonger.com/show/n_1s0efli
@myarusuさんによる『新しき世界』雑感  http://tl.gd/n_1s0ed3u
@HBWLさんによるチョン・チョンについての考察 http://togetter.com/li/629610
→これを読んで改めて私が思い出したこと http://www.twitlonger.com/show/n_1s0f4kg

<3/1 追加>
あたらしきせかい 〜おかわり〜/タイトル未定(ブログのタイトルこれでいいのかな?) 斧子さん天才…
@myarusuさんによる『新しき世界』雑感2 http://www.twitlonger.com/show/n_1s0kpq5
@myarusuさんによる『新しき世界』6年前背景考察 http://www.twitlonger.com/show/n_1s0nd0i
@@crook_factoryさんによる『新しき世界』ネタバレ有感想 http://www.twitlonger.com/show/n_1s0kgbg
@cyborg0721さんによる比較:
前段となる「ガソリン沼」こと『ラッシュ/プライドと友情http://cyborg0721.hatenablog.com/entry/2014/02/19/224717
そして通称「セメント沼」こと『新しき世界』 http://cyborg0721.hatenablog.com/entry/2014/02/26/022103
@ai_harariさんによる素晴らしい削除シーン翻訳 https://twitter.com/ai_harari/status/438289108398772224

ツイッターで映画好きな方々と見てきた映画の感想を言い合うことが多くなってから4〜5年ほど過ぎましたが、多分これほど私の周辺が完全に沼地化したのは初めてです。地方公開順次ということなのでこれからさらに各地に広がっていくため今後どんどん『新しき世界』という沼にハマっていくブラザー&シスターが増加し語り合える方が増えていくことを楽しみにしています。